全ての物事に意味がある?

昨今、「全ての物事には意味がある」だとか、「目の前に現象があったらその意味を考えるだけでいい」とか、それがスタンダードな考え方のように言われることがあります。
インフルエンサー的な人が言っていたからとか、なんか知らんけどすごい人(?)が言っていたからとか。
自分でそう思うんじゃなくて「〇〇がこう言っていたから」と、まるでその人が教科書のような存在になっていて、当たり前のようにその人の言っていることを信じちゃうような人の多いこと。
そういう生き方って一見楽ではあるけど、自分がないので情報や人に流されやすく疲れます。
はたまた、「自分はある!情報は選んでいる!」と自分自身は思い込んでいるけれど、まわりから見ればいわゆるすごい人(?)からの暗示や啓示が大半でその人の中身が構成されている場合もありますよね。
本人が気づいていないというだけ。
全ての物事に意味があるってそもそも誰が言い出したことなんでしょうか?
そして、出来事に本当に意味などあるのでしょうか?
すごい人(?)から言われるまま信じるのではなくて、自分自身疑問に感じてそういう風に考えたことはありますか?
意味づけブーム到来
「身体の不調には〇〇なメッセージが含まれている」
「この出来事が起こったのは、〇〇な意味があるからだ」
こういう言葉を聞くようになったのは、いわゆるスピリチュアルが流行り出してからです。
それ以前は「意味がある」などと聞くこともありませんでした。
まるでブームのようにその考え方が広まり、何か出来事があると、それは〇〇だよと意味を考えて言う人が多くなりました。
意味づけに翻弄される人とその弊害
とある出来事に対して勝手に意味づけしている分にはいいのですが、それに翻弄されてしまう人がいます。
自分がない人は、それは〇〇だよと勝手に意味づけられるとそのまま信じてしまいます。
特に、目に見えない不思議な存在がそう言っていただとか、統計学で見るとそうなっているとか、それこそその人が信じているすごい人(?)に言われたりしても弱いですよね。
果たしてその出来事に対して本当にその意味があるのかもわからないのに、それがその人にとっての意味になってしまうわけです。
あなたは〇〇だからとか、その出来事には〇〇な意味があるよとか、他人から言われて安心ですか?
ありもしない(かもしれない)意味を誰かに決めてもらって納得しますか?
ここで、どういう視点からも考えられるという人はこう言うでしょう。
意味を与えてもらうことでバランスを取っている人もいるだとか、目の前の人は自分であり目の前の人を通して自分の言葉を聞かせてもらっているのだとか。
確かに、多面的に考えればどれがいい悪いではないですよね。
これも最近よく使われる言葉ですよね。
他人のことを勝手に意味づけしない方がいい
人って好き勝手に物事に意味づけしたがりますよね。
私も以前まではそうでした。
今こんな出来事(問題)が現れているのは〇〇な意味があって、だからそこを改めていかなくちゃとかね。
でも、それを自分以外の人にやっちゃうとそれは余計なお世話だと思うんですよ。
それって、自分から見た相手の勝手な印象の話しでしょ?
相手自身はまったくそうは感じてないのに、この人がこうなったのは〇〇の意味があるからだと勝手にそういう目でその相手を見るということですよね。
それだけで、目の前には、自分が意味づけした出来事(問題)が起こっている相手がますます確立されますよね。
無責任な意味づけをするのは自分自身にだけしておくべきです。
なぜなら、以下の考えもあるからです。
その苦しみはあなたのものでない
大嶋信頼さんの書かれた「その苦しみはあなたのものでない」を読んで、こんな考え方もあるのだと知りました。
自分が持っていた事象(不調や感情)に関して、実は自分のものではなかった!!ということがあるのだと。
誰かの思いが自分をそうさせている場合もあるのだということ。
そして、それを解くには「自分の心に聞くこと」が鍵になってきます。

ちょっと、この考え方は面白いので本当にこの本はおすすめです!!
「その苦しみはあなたのものでない」あらすじ
誰もがときおり感じる痛みや苦しみ。でも、それは本当にあなたの苦しみなのだろうか?
自分のものだと思っている苦しみの原因が、隣の人からネットワークで伝わってきたものだとしたら……。自分に原因がないのでは対処のしようもないことになる……。誰もがスマホでつながり合っている現代では、こんな仮説も十分に説得力を持つ。
そもそも意識が作り出している暗示でがんじがらめになり、自分らしく生きられず、それでいて根拠のない自信(万能感)を持ち、それが苦しみを生み出しているケースが多いが、そんなとき頼りになるのが「無意識さん」。
そう、”無意識”が変な暗示を作り出していたのではなく、私たちの”意識”が本来の自由な状態を遮って見えないようにしている。普段私たちが見ているこの悲観的な世界は、意識が作り出している”暗示”でがんじがらめになっているだけなのだ。
“心よ! “と”無意識さん”に問いかけると、意識が作り出していた”暗示”が解かれていく。そして、筋肉の一本一本がほぐれていき、やがてリラックスした自由な世界が目の前に広がっている……。
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自分のことは自分(の心)に聞く


ハイヤーセルフとつながるってこういうことでしょ
そして、この「その苦しみはあなたのものでない」の中に出てくる、「心よ!」と自分の無意識部分に問いかける方法こそ、ハイヤーセルフとつながる方法だと思います。
いわゆるスピリチュアル的な高次元のすごい存在とかイメージされがちですが、実際にハイヤーセルフとつながるということは地味なことですよ。
そして、誰にでもできることです。
こんなことでいいの?!と思うかもしれませんが、こんなことなのです。
実際、つながるにはどうしたらいいのか?つながるとどうなるのか?気になる方は、この「その苦しみはあなたのものでない」を読んでみるといいかもしれません。
大嶋信頼さんの著書は、心理学や宗教的知識などの学問的な裏付けも解説してくれている部分もあるので、ふわふわしたスピが苦手な方、現実を生きる人には読みやすいと思います。
意味づけしない!と決めたら楽になった
物事や出来事に意味づけした、意味づけされた途端に、そこばかり意識し出すというのは悪循環を招くこともあります。
私は、インフルエンサーやすごい人(?)がいうような、物事に意味づけすることは重視していません。
ここで言う意味づけとは、思考部分でのこと。
大事なのは、考えて意味をつけるのではなく、大嶋さんの著書「その苦しみはあなたのものでない」にもあるように、自分の心の声を聞くことをだけでいいと思います。
他人からの意味づけも必要ないと思います。
それがたとえその他人の心の声(リーディングだとかチャネリングだとかにしても)からのものだとしても、自分と他人の心の声は違うのです。
チャネリングやリーディングはクリアなものだから誰かの心の声を代弁できるとか、そのまま感じられると思う人がいるかもしれませんが、誰かを介しているという時点で必ずその人の色がそこには含まれているということになるのです。
あくまでも自分自身の心の声が感じ取ったものが答えだと思っていると、誰かに振り回されることもなく楽に生きられますよ。
大嶋信頼さんの別著書は中田敦彦さんのYouTubeにも取り上げられました!
本を読むのが苦手な方は、中田敦彦さんのYouTubeで一度解説を見てみるのもいいかもしれません。
まとめてくださっているので内容がわかりやすいと思います。



心に興味のある方は、大嶋信頼さんの著書がおすすめです!
大嶋信頼さん、おすすめ作品
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